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ほりえざばざーる

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2015年もとてもとてもお世話になりまくりました!感謝の気持ちでいっぱいです。
年内の営業は今日27日でおしまいです。
バザーもしてますので堀江座おさめよろしくお願いします!
年始は5日くらいからぼちぼち動き出します。
来年もどうぞよろしくお願いします。

ありがとう!


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by spicedays | 2015-12-27 10:42

12月16日水曜日は、カレーとパンとチャイの日。~ぼうねんかい~

月に一度の恒例イベント「カレーとパンとチャイの日。」大阪から旅するチャイ屋nyauと、神戸市兵庫区から天然酵母パン屋おひまるが堀江座にやってくる!飲める食える!!
堀江座はいつも通り営業しておりますのでどうぞ。お気軽に遊びに来てください!!

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by spicedays | 2015-12-15 11:44

みかげくらぶの手すき紙グッズ入荷!

更にパワーアップしたみかげくらぶの手すき紙グッズが入荷しておりまーす!
また見に来てくださいねー!
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by spicedays | 2015-12-11 15:45

みかげくらぶの手すき紙グッズ入荷!

更にパワーアップしたみかげくらぶの手すき紙グッズが入荷しておりまーす!
また見に来てくださいねー!
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by spicedays | 2015-12-11 15:45

本日「南正人」12月4日金曜日19時から堀江座にてライブ!!

ついに今日です。
伝説の男「南正人」が、
熱くてゆるーいメッセージを歌ってくれます!
チャージは2000万円ポッキリ。

どうぞ遊びに来てください。


南正人 「メッセージソング」 Live@神音比/カンナビ:南正人メッセージソング


南正人について

南 正人は、1944年3月3日、東京都杉並区阿佐ヶ谷の洋服屋の長男として生まれた。東京外語大学スペイン語科に入学後、20歳になった64年の春に休学届けを出してメキシコに渡航、放浪の旅をはじめる。メキシコからアメリカ各地を廻り、ニューヨークではグリニッヂ・ビレッジで、ボブ・ディランをはじめとするビートニクのフォーク・ソング・ムーブメントを目の当たりにした。自らもギターを持って歌うようになり、次はロンドンへ渡る。さらに、スウェーデン、ドイツ、フランス、スイスなど、ヨーロッパ各地を巡った。
南が日本に戻ったのは、ちょうど2年が経った66年4月。学園紛争の真っ最中に大学を卒業、就職せずに都内のバーで引き語りをするようになった。南との共作がいくつもある成田ヒロシはこのバーの従業員だった。高田 渡、遠藤賢司、真崎義博らと「アゴラ」という日本語のフォーク・ソング・チームに参加し。68年8月に京都で行われた「第3回フォークキャンプ」に出演した。

69年10月には、シングル「ジャン c/w青い面影」(RCAビクター)でデビュー。70年4月にはセカンド・シングル「ヨコスカ・ブルース c/w赤い花」をリリースしている。この頃の南は、周辺の歌仲間が皆URCレコードに参入していく中で、URC関係者はブームを仕掛けようとする商業主義者であると判断し、URCからの誘いを一蹴している。”フォーク”に成り得ないアクの強さは、当時のシーンの中でも異端であった。
とはいえ、70年8月の「第2回全日本フォークジャンボリー」において、岡林信康の後に出た南のステージは大ウケだった。

88年8月に八ヶ岳で行われた「いのちの祭り」では音楽プロデューサーをつとめ、反原発やエコロジーをテーマにしたエポック・メイキングなイベントとして各マスコミでも大々的に取り上げられた。
 
現在も南は、独自のコネクションとスタンスで全国を歌いながら旅している。東京では高円寺の稲生座や渋谷のアピアでその姿を見ることができる。遠藤賢司や早川義夫、高田 渡をはじめ、ロックやフォークといった粋で垢ることのできない純音楽( ©遠賢)家たちが再評価され若いファンが急増している近年だからこそ、南 正人の存在ははずせないのである。

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by spicedays | 2015-12-04 09:29

本日「南正人」12月4日金曜日19時から堀江座にてライブ!!

ついに今日です。
伝説の男「南正人」が、
熱くてゆるーいメッセージを歌ってくれます!
チャージは2000万円ポッキリ。

どうぞ遊びに来てください。


南正人 「メッセージソング」 Live@神音比/カンナビ:南正人メッセージソング


南正人について

南 正人は、1944年3月3日、東京都杉並区阿佐ヶ谷の洋服屋の長男として生まれた。東京外語大学スペイン語科に入学後、20歳になった64年の春に休学届けを出してメキシコに渡航、放浪の旅をはじめる。メキシコからアメリカ各地を廻り、ニューヨークではグリニッヂ・ビレッジで、ボブ・ディランをはじめとするビートニクのフォーク・ソング・ムーブメントを目の当たりにした。自らもギターを持って歌うようになり、次はロンドンへ渡る。さらに、スウェーデン、ドイツ、フランス、スイスなど、ヨーロッパ各地を巡った。
南が日本に戻ったのは、ちょうど2年が経った66年4月。学園紛争の真っ最中に大学を卒業、就職せずに都内のバーで引き語りをするようになった。南との共作がいくつもある成田ヒロシはこのバーの従業員だった。高田 渡、遠藤賢司、真崎義博らと「アゴラ」という日本語のフォーク・ソング・チームに参加し。68年8月に京都で行われた「第3回フォークキャンプ」に出演した。

69年10月には、シングル「ジャン c/w青い面影」(RCAビクター)でデビュー。70年4月にはセカンド・シングル「ヨコスカ・ブルース c/w赤い花」をリリースしている。この頃の南は、周辺の歌仲間が皆URCレコードに参入していく中で、URC関係者はブームを仕掛けようとする商業主義者であると判断し、URCからの誘いを一蹴している。”フォーク”に成り得ないアクの強さは、当時のシーンの中でも異端であった。
とはいえ、70年8月の「第2回全日本フォークジャンボリー」において、岡林信康の後に出た南のステージは大ウケだった。

88年8月に八ヶ岳で行われた「いのちの祭り」では音楽プロデューサーをつとめ、反原発やエコロジーをテーマにしたエポック・メイキングなイベントとして各マスコミでも大々的に取り上げられた。
 
現在も南は、独自のコネクションとスタンスで全国を歌いながら旅している。東京では高円寺の稲生座や渋谷のアピアでその姿を見ることができる。遠藤賢司や早川義夫、高田 渡をはじめ、ロックやフォークといった粋で垢ることのできない純音楽( ©遠賢)家たちが再評価され若いファンが急増している近年だからこそ、南 正人の存在ははずせないのである。

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by spicedays | 2015-12-04 09:29