毎日新聞から

発信箱:拝啓 笑顔のお二人へ=永山悦子(科学環境部)
 「カメラは『武器』と思っていました」

 写真家の石井麻木さん(30)は、東日本大震災の被災地をボランティアとして7回訪れた。支援物資の運搬や炊き出しに取り組みながら、いつも肩にかけている一眼レフが重く感じた。「すべてを失った人の目に、カメラはどう映るのだろうか」

 ところが、宮城県南部の沿岸の町、山元町で、彼女に気付いた60代の夫婦が、歩み寄ってきた。「津波ですべてをなくしました。写真もなくなりました。今日から新しい一歩を踏み出すため、私たちの1枚目の写真を撮ってもらえませんか」。夢中でシャッターを切った。避難所に入れない二人が軽トラックで暮らす様子、妻が「皆の笑顔が戻るように」と願いながら折った小さな鶴。「次に来るとき、写真にして持ってきますね」と約束した。

 石井さんは09年から、カンボジアの地雷原で暮らす人の支援活動をしている。地雷原で綿を栽培し、その綿で作った製品を日本で販売する。彼らの収入はまだ少ないが、訪れるたびに笑顔が広がる姿に手応えを感じる。一方、震災の被災地で炊き出しをしても、一瞬の助けでしかないことを痛感する。「自己満足のために来ているんだろう」と叱責されたこともある。「でも」と、石井さんは言う。「私一人の力は微力だが無力ではない。『自分ができることはわずかだから』と支援への参加を尻込みする人もいるが、微力が集まり、続けることによって、大きな力になると信じたい」

 5月中旬、石井さんは再び山元町を訪れ、あの軽トラックを捜した。しかし二人は見つからなかった。分かるのは車のナンバーと名前だけ。「何度でも通って、この写真を必ず渡したい」。その写真の二人は、飛び切りの笑顔をたたえ、運転席と助手席に並んで座っていた。
[PR]
by spicedays | 2011-06-01 21:08
<< happy wedding!! 9周年イベント第2弾 >>